弁護士 裵 悠
1 婚姻費用・養育費とは
夫婦は、同居・別居に関らず、資産や収入その他一切の事情を考慮して、婚姻費用を分担しなければなりません(民法第760条)。婚姻費用には、夫婦の衣食住のための費用はもちろん、出産費用、子の監護費用、医療費、交際費など婚姻共同生活を営む上で必要な費用の一切が含まれます。また、養育費とは、衣食住の費用、教育費、医療費など子どもが経済的かつ社会的に自立するまでに要する費用をいいますが、子を監護していない親は、子を監護している親に対し、養育費を支払わなければなりません。
婚姻費用・養育費については弊所の他のコラムに詳しい記載がございますので、そちらをご参照ください。(『別居後の生活費「婚姻費用」について』https://www.legal.ne.jp/column/orbis2194/ 『養育費の金額算定について』https://www.legal.ne.jp/column/%e9%a4%8a%e8%82%b2%e8%b2%bb%e3%81%ae%e9%87%91%e9%a1%8d%e7%ae%97%e5%ae%9a%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/ )
2 潜在的稼働能力
婚姻費用・養育費は、基本的には婚姻費用・養育費を受け取る者(以下「権利者」といいます)と支払わなければならない者(以下「義務者」といいます)の収入を基礎に算定します。しかしながら、義務者が無職である場合、もしくは不当に収入が低い場合には、どのように当該義務者の収入を認定するのか問題になります。
仮に、働けるのに働かない場合に、収入がない(著しく低い)ものとして義務者の収入を認定するのは極めて不公平です。
その際に用いられるのが「潜在的稼働能力」の考え方です。潜在的稼働能力とは、十分に働けるのに労働意欲がなくて働かない場合や同族会社の代表者などが収入を操作し敢えて収入を低くしている場合などに、実際には当該義務者は稼働可能であるとして賃金センサスなどを用いて収入を擬制するという考え方です。
3 潜在的稼働能力が認められる場合(東京高決令3・4・21)
それでは、どのような場合に潜在的稼働能力が認められるのでしょうか。この点に関し、東京高決令3・4・21は、婚姻費用分担事件において、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づく収入の認定が許されるには、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情が必要である旨判示しました。同決定によると、婚姻費用を分担すべき義務者の収入は、現に得ている実収入によるのが原則であり、潜在的稼働能力が認められる場合は、あくまでも例外的な事情がある場合であるとされています。
それでは、いかなる事情があれば、潜在的稼働能力が認められる、あるいは認められないのでしょうか。
子を監護している場合で、①子が幼く常に監護していなければならない、②保育園などに通わせられない、③子に持病がある、④監護補助者(親戚など)がいない、などの場合には、潜在的稼働能力があるとは認められにくいと考えられます。
持病があるため、労働意欲があるにもかかわらず就業困難である場合には、潜在的稼働能力があるとは認められにくいと考えられます。
分担すべき婚姻費用・養育費の金額を下げるために、①敢えて高収入の仕事からより低い収入の仕事に転職した②ワンマン会社の代表者が収入を操作して収入を低くした③敢えて趣味的な仕事のみに従事し低い収入に甘んじている、などの場合には、潜在的稼働能力があると認定される傾向にあります。
4 最後に
以上のとおり、義務者が無職(または著しく収入が低い)の場合に、婚姻費用・養育費を請求できるか否かについては、「就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情」の有無が問題となります。しかしながら、どのような事情が当該「特段の事情」に該当するかの判断は、多くの場合、法律の専門家でなければ困難といえます。
弊所には、婚姻費用・養育費の分担請求を扱っている弁護士が多数所属しております。婚姻費用分担・養育費の請求についてお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。